{ "dataList": [ { "id": 0, "content": "煙たい空間だった。" }, { "id": 1, "content": "空間は広く、空は開かれていたが。" }, { "id": 2, "content": "鉄臭い匂いと土埃の匂いで肺の隅まで不快さが満たされ、荒々しい息と浅い息が何度も視野を曇らせた。" }, { "id": 3, "content": "靴が床に引きずられる音、拳が腹、脇腹、顔、胸。あらゆる場所に突き立てられる音が散発する阿鼻叫喚。" }, { "id": 4, "content": "そしていっぱいに満たされている私と、私と、私。" }, { "id": 5, "content": "そこは孵化場と呼ばれていた。" }, { "id": 6, "content": "R社の戦闘員として配置されるためには、誰であれ孵化場を経る必要がある。" }, { "id": 7, "content": "その中には無数の自分自身が入っている。昏い壺に閉じ込められた毒蟲のように、その中で生き残るために無数の私たちは格闘する。" }, { "id": 8, "content": "戦闘経験を短時間で体得することになり、その中で最も優秀なものを引き上げる。" }, { "id": 9, "content": "それゆえオリジナルが何かは全く関係ない。" }, { "id": 10, "content": "結局、複製体の中で最も優秀な者が「私」になるのだから。" }, { "id": 11, "content": "そうして選抜の時間を通じて選ばれた私は、彼らを通じて孵化した。" }, { "id": 12, "content": "巨大な外骨格スーツを動かすための感応施術を受け、私に合うスーツを支給された。" }, { "id": 13, "content": "しかし孵化場から出て来たからといって、全てが終わったわけでは無かった。" }, { "id": 14, "content": "その巨大なスーツは生体エネルギーを継続的に吸い上げた。" }, { "id": 15, "content": "感応施術というものは私のエネルギーをスーツに転換するものであり、私が配属されたチームはそれを当たり前のことのように受け容れていた。" }, { "id": 16, "content": "楽な仕事では無かった。スーツの中の私と仲間たちは、絶えず疲労を訴えた。" }, { "id": 17, "content": "しかし私たちが私費を投じてカフェインや糖分を補っていたのは、このスーツが軽く思えるほどに恐ろしい孵化場へと戻ることは避けたかったからだろう。" }, { "id": 18, "content": "戦闘にて想定された成果を見せられないのであれば、再び孵化場へと連行され…。" }, { "id": 19, "content": "私と、私と、私を敵に果てしない戦いを行うことになるだろうから。" }, { "id": 20, "content": "厚ぼったい武器を持って進む他の同僚とは違い、この硬化手甲剣を使い続けるのも同じ理由だろう。" }, { "id": 21, "content": "私は…これで生き残ったから。" } ] }